京都ツウ・ウオーク

第8回「激動の時代を駆け抜けた京の城」 ~戦国三英傑の城めぐり~ 2012年10月28日(日)開催

今回は「京の城」をテーマに、二条城のほか、豊臣秀吉が築いた聚楽第の跡地などを巡ります。

レポート風景

集合場所は神宮丸太町駅。
今回も、らくたび・森明子さんのガイドで楽しく歩いて行きます。

レポート風景

神宮丸太町駅を出て丸太町通を進み、京都御苑までやってきました。
富小路口から京都御苑へ入り、案内板を見ながら「京都御苑」と「京都御所」の違いについて説明がありました。

京都御苑は、南北に1300m、東西に700m、一周すると約4kmという広大な敷地の国民公園です。京都御所は御苑の中にあり、1869(明治2)年まで天皇が住んでいました。実は御所というのは、794(延暦13)年の遷都の際にはもっと西の方に築造されたのですが、たびたび火災に遭い、貴族たちの邸宅に間借りをするなど転々としていました。1331(元弘元)年に光厳(こうごん)天皇がこの辺りにあった貴族の邸宅で即位して以来、この地に御所が築かれるようになりました。

御所の周りにはたくさんの公家の屋敷が並んでいましたが、明治以降、天皇とともに東京に移ってしまい、屋敷は空き家となって荒れ果てていきました。
一時、明治天皇が御所に戻ったとき、この荒廃した様子を大変嘆き、天皇の命によって家屋が取り払われ、「京都御苑」に生まれ変わったのです。

御苑内には五摂家の九條家や近衛家などの屋敷跡、天皇家・公家の子ども達の学習所(学習院)の跡が残っていて、散策すると歴史を感じられます。

レポート風景 拾翠亭

細い小径を抜け、九條池へと向かいます。
九條池にかかる高倉橋から左手に見えるのが拾翠亭(しゅうすいてい)。
九條家の別邸で、お茶会や和歌の歌合わせが行われたといい、当時の建物がそのまま残されています。 3~12月の金・土曜と、葵祭、時代祭、御所の一般公開の日は100円で中を見学することができます。

レポート風景 厳島神社

橋から眺めて右手にあるのは厳島(いつくしま)神社です。

ここの鳥居は、上の部分が弓のような弯曲した形になっていて、それが唐破風(からはふ)のように見えることで有名。
太秦・蚕の社(かいこのやしろ)の三柱鳥居、北野天満宮・伴氏社(ともうじしゃ)の蓮形の台座を持つ鳥居とともに、京都の三珍鳥居と呼ばれています。

レポート風景 閑院宮邸跡

こちらは閑院宮(かんいんのみや)邸跡。
閑院宮が東京に移られるまで居住していた屋敷でした。
現在では、京都御苑の自然と歴史について、写真・絵図・展示品・解説を備えた収納展示室や庭園が無料で公開されています。

レポート風景

閑院宮邸跡のすぐそばの椹木(さわらぎ)口に石垣があります。
これは、織田信長が室町幕府15代将軍・足利義昭のために建てた二条城に使われていた石で、ここはその二条城の南東に位置します。

二条城というのは、地名に関係なくいろいろな場所に築城されていました。
その理由として、初代室町幕府将軍・足利尊氏が二条通に面して邸宅を建てたことから「二条」という言葉が天皇や将軍、時の権力者を表すのに用いられ、その邸宅を二条城と呼ぶようになったからだと言われています。

信長が建てた二条城は、東西南北に各390m、天守閣も備えた大きなお城だったことが宣教師・フロイスの記録に残されています。
洛中洛外を問わず、庭の石からお寺の五輪塔や供養塔、道端のお地蔵さんまでありとあらゆる石をかき集め、わずか70日で完成させたそうです。

レポート風景 旧二条城跡

下立売御門(しもだちうりごもん)を通って、御苑を後にします。
平安女学院の一隅に石碑が立っています。
ここにかつての旧二条城があったことを示すもの。
この辺りがちょうど旧二条城の中心でした。

レポート風景 京都府庁

下立売通を西へ向かい、京都府庁に到着。
門から正面に見える旧本館は、1904(明治37)年に建築家・松室重光によって設計されました。
現在でも2階は執務室や会議室として利用されていて、現存する官公庁の建物としては最も古く、重要文化財に指定されています。
建築当時はこのルネサンス様式のものは大変珍しく、先駆け的な存在でもありました。
近年、その華麗な姿が人気となり、映画やドラマの撮影などにも利用されています。
幕末期にはここに京都守護職の上屋敷があり、御所の護衛や混迷した幕末期の町の治安維持を執り行っていました。

レポート風景 真敬寺

下立売通を西へ、堀川通を渡って葭屋町(よしやまち)通を北へ進むと、真敬寺というお寺があります。
ここは、徳川家光の側室で5代将軍・綱吉の生母・桂昌院の生家の菩提寺。
桂昌院は、錦小路の八百屋仁左衛門の娘で、名を「お玉」と言いました。
お玉が将軍の生母にまで登りつめたことからことから「玉の輿」という言葉が生まれたとの説も。
お墓の前に石碑が立っています。

レポート風景

葭屋町通から出水通へと進み、さらに西へと向かいます。
すると、緩やかな下り坂の道が見えてきました。
この先にある松林寺(しょうりんじ)を訪ねます。

この辺りは、聚楽第(じゅらくだい)の南に位置し、外堀があったところでした。

レポート風景 松林寺

聚楽第は豊臣秀吉によって建てられ、京都における政治の場であり、秀吉の住居でもありました。「聚楽第」という名ですが、天守のような建物があり、堀を巡らせた立派な城であったと言われています。
完成の翌年には後陽成天皇をお迎えし、3日間にわたって宴を催すなど、関白秀吉の華やかな時代を象徴する場所でした。

秀吉は、淀との間に授かった鶴松を3歳で亡くして以降、子供に恵まれなかったことから甥の秀次に関白の座と聚楽第を譲り、伏見へと移りました。
しかし2年後に子(秀頼)が生まれ、秀次から関白の座を奪い取ってしまいます。
そして秀次を高野山で自害させ、聚楽第の一部を伏見に移しましたが、堀も何も取り払ってしまいました。

聚楽第は今は跡形もなく、当時の様子を知るものはこの辺りには残されていません。
そのため「幻の城」と呼ばれており、当時の堀の様子がうかがえる唯一の場所が、坂を下った低い位置にあるこの松林寺なのです。

また、聚楽第の跡地からは、有名な京野菜が生まれています。荒れ果てた聚楽第跡の堀はゴミ捨て場となっていました。 そこを畑として開墾し、ゴボウを栽培してみると、中が空洞になっている大きなものができたのです。それが「堀川ごぼう」の由来です。

レポート風景 二条公園

二条公園にやってきました。
ここには『平家物語』にまつわる伝説があります。

近衛天皇の時代、鵺(ぬえ)という化け物が夜な夜な御所を飛び回り、人々を震え上がらせていました。 鵺は、頭がサル、胴がタヌキで手足がトラ、尻尾がヘビという姿。
そこで、天皇の命を受けた源頼政が、ある夜、鵺に向かって矢を放つと見事命中、その後を追うとこの場所に辿り着き、ここで鵺は息絶えたのでした。
人々は鵺のたたりを恐れて、「鵺大明神」として祠を建てておまつりしたのです。

レポート風景

レポート風景 二条城 東大手門

多くの観光の方でにぎわう元離宮二条城。
東大手門から中へ入ります。

レポート風景

まず向かったのは展示・収蔵館。
ここには、二の丸御殿の障壁画が公開され、季節ごとに展示替えがされています。

レポート風景

さて、二の丸御殿へ入る前に、案内板で建物の形を確認します。
上から眺めると、建物が雁が群れを成して飛んでいる姿に似ていることから「雁行形(がんこうがた)」と呼ばれています。
奥へ進むほど、将軍のプライベートゾーンになっていきます。

レポート風景 二条城 二の丸御殿

国宝・二の丸御殿です。
1601(慶長6)年に徳川幕府初代将軍・徳川家康によって築城を開始し、秀忠、家光まで3代かけて増改築が行われたお城です。
日本の城は、今までは砦としての役割があり、高い石垣を築いたり大きな堀を幾重にも巡らすなど、敵が侵入しにくい複雑な入口を持っていました。
しかし、戦国時代が終わりを告げ新しい時代になると、徳川政権下では戦のない時代が続くことを考慮して建てられるれるようになります。
二条城も、将軍の宿泊所として、また御所や西国大名を監視することを目的として建てられたのです。
1750(寛延3)年の落雷によって天守閣が焼失すると、以降は再建されることはありませんでした。
家光が現在のような形に二条城を整えると、その後260年間は将軍が二条城に来ることはありませんでした。
それだけ、江戸時代は天下泰平の世であったといえます。

そのため、内装は非常に贅を凝らしてあり、襖に描かれた絵画や欄間の彫刻などを見ることができます。
襖絵は奥のプライベートゾーンに行くほど、やわらかい感じになっていくことにも注目です。

レポート風景 二条城の二の丸御殿 大広間(元離宮二条城提供)

しかし二条城は日本の歴史においても非常に重要な場面を迎えてきました。
家康が征夷大将軍の宣下を受けた後、将軍就任の祝賀の儀を行った江戸幕府幕開けの場であり、最後の将軍・慶喜が大政奉還を行い終幕を迎えたのもこの二条城だったのです。

レポート風景 二条城 二の丸庭園

次に二の丸庭園へ。
国の特別名勝に指定されています。
大名庭園と呼ばれる豪快な庭で、大きな石、松、ソテツを配置し、子孫繁栄・長寿健康を願った蓬莱(ほうらい)島があります。
大広間の一の間にある将軍の席からの眺めが一番なのだそう。

南国の植物である大きく立派なソテツも、権力者の威厳を表すものだったそう。

今はもう姿を見ることのない城、歴史の貴重な瞬間に立ち会ってきた城などをめぐる一日でした。

今回はいつも以上に長い道のりでしたが、最後に訪れた二条城の豪華さに、皆さんは疲れが吹き飛んだご様子でした。
またこれからも楽しいウオークを開催しますので、ぜひご参加ください!

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