沿線おでかけ情報
|継ぐコラム|2023/09/14
きょうのレトロ喫茶を継ぐ
“古き良き”だけでなく、じつは“新しいモノ好き”の街でもある京都。かつて流行の先端にいたモダンな喫茶店が、時代をこえ、いまも名店として輝きつづけています。重厚でクラシカルな老舗もあれば、ご近所さんが普段着で集う庶民的なお店も。その扉を開けた先には、どんな歴史やストーリーが待っているのでしょうか。きょうのレトロ喫茶を継ぐおでかけへ、京阪電車から出発です。
まるで思い出の宝箱。
「なんにもしないムダな時間、過ごしてもらえたら」。そう微笑むのは『喫茶マドラグ』の店主、山﨑三四郎さん。この地で半世紀近く愛されてきた『喫茶セブン』の店舗を引き継いで約12年。ちょっと無骨な味のある空間に、赤いふたりがけ椅子が華を添えます。
「この椅子は名曲喫茶『みゅーず』のもので、ミルクピッチャーは『リバーバンク』の…」。昔から古い喫茶店が好きだった三四郎店主、どこかが閉店すると聞くたびに、お店の備品を譲り受けていたとか。「当時は “もったいない”と思っただけですが、ここを継いでから本気で“京都の喫茶文化を未来に遺したい”と」。そんな想いをさらに深めたのが、洋食店『コロナ』の「玉子サンドイッチ」を継いだときのことでした。
「よく通っていた店だし、きっとすぐに再現できる」と当時97歳のマスターに教わった通りにつくったものの、常連さんたちからは「なんか違う…」。「悩んで、ふと気づいたんです。美化された思い出の味に追いつくには、本物より良くしなきゃダメなんだ、って」。
この“思い出補正”のため、玉子の生地やソースに細かな工夫を重ねること1年以上、ついに「これこれ!」と常連さんのお墨つきが。「調子にのってさらに改良したら、今度は“こんなに美味しくなかった”という声が…。気づかれない位の変化が、長く愛される秘訣なんですね」。
本当は、特別なことなんて何もいらない。何もないから、肩の力を抜いてくつろげる。「喫茶店は、街の“止まり木”ですから」という三四郎店主。今日もこの場所で、みんなの安らぎと思い出を受けとめます。
喫茶マドラグ
上も下も、最高のひととき。
きょうのレトロ喫茶、つぎに向かうのは賑やかな河原町三条の一角。
『六曜社珈琲店』といえば、京都のコーヒー通なら誰もが知る、1950年開業の老舗です。渋いタイルに彩られた入り口で、ふと迷うのが「上か、下か」。じつはこのお店、地下を2代目、地上を3代目が引き継いでおり、豆の種類も淹れ方もそれぞれ違うスタイルの自家焙煎コーヒーをいただけるのです。
どちらも変わらないのは、包み込まれるような温もりあるタイルや照明、地下店マスターの奥さんお手製の素朴なドーナツ。ベテランのスタッフさん方の飾らない人柄にもホッとします。
六曜社珈琲店(地下店/一階店)
※ドーナツは12時より提供(店内のみ)、数に限りがあります
受け継がれる芸術愛。
つづいてのお店も繁華街の近く。四条河原町の路地から店内に入れば、そこはもう異国の美術館。1934年開業の『フランソア喫茶室』は、芸術を愛する創業者とその仲間たちの、美への情熱がつまった場所です。
「昔とまったく変わらない。若い頃の思い出がよみがえりました」。
年配のお客さまからの言葉や嬉しそうな表情に、思わず胸が熱くなったという創業者のお孫さん。
「運良く守りつづけられた」貴重な家具やステンドグラス、調度品の数々は、どの席に座っても楽しめます。昔ながらのコーヒーや新しく復活させたスイーツといっしょに、心ゆくまでご堪能あれ。
フランソア喫茶室
不思議と癒やされるモダン空間。
八坂神社のすぐ近くで、ひときわ目を引くビルの2階。
『ぎおん石 喫茶室』を訪れるには、まず高級石のお店に入り、エレベータか階段で上がる必要があります。ちょっと勇気を出したご褒美は、祇園商店街の真ん中とは思えない、ラグジュアリーな異空間でくつろぐひととき。
「かけがえのない作品です」と2代目が誇る店内は、壁や天井をおおいつくす無垢材といい、金属を活かしたテーブルやソファといい、独創的なのに洗練された心地よさ。生レモン果汁たっぷりのレモンゼリー同様、ほかにない味わいで、「また寄ろう」という気持ちになります。
ぎおん石 喫茶室
町家生まれ、未来の老舗。
最後に足を向けたのは、清水五条の観光地をすこし外れたところ。
約7年前に開業した『市川屋珈琲』は、店主が祖父から譲られた町家と清水焼工房を活かしたスペースがお洒落…というだけではありません。長年勤めた名門「イノダコーヒ」から受け継いだ、「いいものを正しくご提供する」おもてなし精神に満ちています。
ネルドリップで淹れた自家焙煎ブレンドを、特注の清水焼で味わい、月替わりのフルーツサンドを頬張れば、だれもが幸せな気分に。「来てよかった、と喜ばれるのが最高」というお客さま愛も含めて、何十年もつづいてほしい喫茶店です。
市川屋珈琲
※フルーツは季節ごとに変わります
お店づくりから、お客さまとの接し方まで。個性はいろいろだけど、どのお店にもこだわりと品格を感じるきょうのレトロ喫茶。そこで過ごすかけがえのないひとときが、ずっと色あせない思い出として、みなさんのこころに継がれますように。
さて、つぎはどんな“継ぐ”に出会えるでしょうか。
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