京阪・文化フォーラム

第32回 神に祈った武将たち -石清水八幡宮と源平・足利・織田・豊臣・徳川-

源氏など多くの武将から手厚い保護を受けた石清水八幡宮。初めに石清水八幡宮宮司の田中さんの講演で、鎮座から約1,150年の歴史を刻む神社の由来と信仰を寄せた武将たちとの関わりを紹介。続いて通常非公開の織田信長・豊臣秀吉らの重文9書状が披露されたほか、本殿にて正式参拝と、神職による社殿の説明が行われました。

「織田信長像」(重要文化財)桃山時代 大正11(1583)年 古渓宗陳賛 神戸市立博物館

日時
2013年6月8日(土)13時~16時
会場
石清水八幡宮 研修センター(八幡市駅からケーブル 男山山上駅下車 南へ徒歩約5分)

プログラム

石清水八幡宮 宮司 田中 恆清(たなか つねきよ)

[講演] 神仏習合の聖地 石清水八幡宮の歴史
石清水八幡宮 宮司
田中 恆清(たなか つねきよ)

尊氏・信長・秀吉・家康の重文9書状

[文化財拝観] 尊氏・信長・秀吉・家康の重文9書状

正式参拝後、社殿拝観

[正式参拝および社殿拝観] 正式参拝後、社殿拝観

レポート

石清水八幡宮
会場風景

厄除けの神社として有名な石清水八幡宮は、一方で源平・足利・織田など天下に号令を放った数多くの戦国武将にあつく信仰された武家の聖地でもありました。

今回のフォーラムは、石清水八幡宮が会場で、実際に社殿を拝観しながら、歴史や武将たちの足跡を知ることができるまたとない機会。なかには遠く関東から来られた方も。年齢層も幅広く、多くの方にご参加いただき大盛況となりました。

■講演

石清水八幡宮宮司の田中恆清さん
会場風景

最初は石清水八幡宮宮司の田中恆清さんによる講演です。田中さんは第58代目の宮司を務める傍ら、神社本庁の総長を務め、第62回伊勢神宮式年遷宮に携わるなど多忙を極める中でのご登場となりました。

講演は「神仏習合の聖地 石清水八幡宮の歴史」と題し、八百万(やおよろず)の神に象徴される日本人特有の宗教観、石清水八幡宮の由来と神仏習合という信仰の特異性、また名だたる武将だけに崇敬されていたのではなく、平家や皇室にとっても重要な社であったことなど、興味深いお話ばかりでした。

石清水八幡宮の創建は平安京遷都の約60年後、貞観元年(859)にさかのぼります。奈良の僧行教が宇佐八幡大神のお告げを受け、翌年、男山に八幡神を勧請したのが始まりです。僧である行教が創建したことから分かるように、当初から仏教色の濃い神仏習合の宮寺(みやでら)で、国家鎮護の神として歴代天皇が参詣するなど、伊勢神宮に次ぐ「天下第二の宗廟」として信仰を集めました。

平安時代中期には清和源氏の流れをくむ源頼信によって源氏の氏神と定められ、源氏の隆盛とともに全国各地に八幡信仰が広まります。石清水八幡宮は源頼朝の父、義家が社前で元服し、神名の「八幡太郎」を授かるなど武家の守護神としてあつく敬われ、その信仰は源平・足利・織田・豊臣・徳川など歴代将軍家や戦国武将たちに受け継がれていきました。

名だたる天下人がなぜ石清水八幡宮を神聖化し、重要視したのか。その原点は「武家の棟梁にとって、武家社会を切り開いた清和源氏を名乗ることは大変な名誉である」という考えが根本にあります。また、全国に広まった八幡宮の神領地(荘園)を一手に集めることや、八幡の地が三川に挟まれた水上交通の要衝であったことなどもその理由として挙げられます。

最後に田中さんは「日本人は常に神様を身近に感じてきた民族」であり、神社が数千年にわたって続き、長い歴史や伝統を育んで今に受け継がれていることこそ世界に誇るべき素晴らしい文化であると話されました。現代に生き続ける八幡信仰の息吹が、ここ石清水八幡宮にも脈々と息づいていることを改めて感じられました。

■文化財拝観

尊氏・信長・秀吉・家康の重文9書状を含む10点
説明風景

講演後、所蔵量全国一を誇る石清水八幡宮の古文書類の中から、尊氏・信長・秀吉・家康の重文9書状を含む10点が披露されました。いずれも通常非公開の貴重な資料で、歴代の武将の自筆による文書を前に、参加者の方々も真剣な眼差しでした。

注目を集めていた書状は源頼信が石清水八幡宮を源氏の氏神とすると宣言した「源頼信告文案」のほか、後醍醐天皇に反旗を翻した足利尊氏が戦勝祈願のために納めた「足利尊氏御教書」、第11代室町幕府将軍・足利義澄が対立していた前将軍・義材(義稙)の不幸を願ったという「足利義澄自筆願文」などで、特に織田信長の書状「織田信長朱印状」は、天下布武の朱印が押されており、しなやかかつ力強さを感じさせる見事な筆致に会場からため息が漏れました。

一つ一つの文書は、武将たちが石清水八幡宮を深く信仰したことを今に伝える証であり、その行間から伺える歴史の奥深さに心打たれる思いがしました。

■正式参拝、社殿拝観

正式参拝の様子
本殿

2012年4月、石清水八幡宮は40年ぶりの修復を終え、徳川家光が寄進した本殿や楼門が色鮮やかに蘇りました。次に朱塗りが眩しい本殿に場所を移し、正式参拝が執り行われました。「昇殿しての参拝は初めて」という方も多く、神様をお呼びする太鼓の音が鳴り響くとあたりはシンと静まりかえり、厳粛な雰囲気に。狩衣をまとった神職により祝詞(のりと)が奏上され、おはらいを受けた後、玉串を捧げて二礼二拍手一礼の作法で参拝は終了。続いて神職の案内で社殿を拝観します。

ご祭神をまつる本殿は前後2棟からなる「八幡造」と呼ばれる古い建築様式で、その桧皮葺(ひわだ)屋根の接するところに織田信長が寄進した「黄金の樋(とい)」が架けられています。周囲には極彩色に彩られた飾り彫刻や伝説の名工・左甚五郎の作と伝わる「目貫きの猿」などが生き生きと表現され、格式高い神社の風格を伝えます。かつて石清水八幡宮では平清盛が舞を舞い、源義家が元服し、織田信長・豊臣秀吉が所領を寄進し、徳川家康・家光が社殿の修復をして常に神に祈りが捧げられてきました。由緒ある神社を彩る数々のエピソードが披露されるたび、あちらこちらから感嘆の声が上りました。

黄金の樋 飾り彫刻 目貫きの猿

※展示品・社殿の撮影は特別に許可を得ています

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